花粉症克服への道

花粉症克服への道

私が小学校3年生ころから、というかそれ以前から通っていたかもしれないけど、記憶にないので小学校3年生からとします。

 

当時は花粉症という言葉が無く、学校の健康診断や耳鼻科へ行っても、「季節性鼻炎」「アレルギー性鼻炎」という診断でしかありませんでした。
東京下町に住んでいた私。
隣町にあった耳鼻科はとても混み合っていて、待ち時間2時間くらいが当たり前にもかかわらず、治療は5分程度。
治療と言ってもバキュームで余分な鼻汁を吸って、ネブライザーとお決まりの治療で、効果があるのかどうかわからず、梅雨明けごろにはすっかり治っていたので、効果があると、治療に来ていた人はみんな思ってたんじゃないかな。
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でも、翌年の春になるとまたグズグズと鼻水・くしゃみが止まらなくなる、みたいな。

 

アレルギー性鼻炎の薬登場

溢れんばかりの患者だったので、その後アレルギー性鼻炎の薬が市販薬としてCMで目立つようになりました。
当時はよく覚えていないけど、アレルギーの原因は昔ながらの「季節の変わり目」だから。という非科学的なアレルギー原因だった気がします。
それまでは、なんだか効果が良くわからない病院の薬や子供ながらにとても高価だった記憶がある「漢方薬」でした。l
どちらも、即効性がなく、なんだかなぁという感じでいしたが、アレルギー性鼻炎の薬の効果はバツグンに効きました。
その効果は効きすぎるほどで、とにかく眠たくなり、昼寝をしないとダメなくらい強烈だった記憶があります。
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花粉症という言葉

それから間もなくして、「花粉症」という言葉が新聞など健康欄に出てくるようになり、親からも「この記事読みなさい」と言われた記憶があります。
毎年、春になると症状が出て、梅雨明けごろから良くなるパターンは杉花粉が影響していたんですね。
我が家では、鼻をかむのに、ティッシィはもったいないので、タオルで鼻をかむように言われていて、毎日タオルがビショビショになるくらいでした。
外出時はさすがにタオルは持ち歩けないので、ティッシュの10枚ほど重ねたものを持たされ、それで何回もかみ、捨てないよう、言われていました。
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